東京大学物性研究所・井上研究室

広がりつづける『光ではたらくタンパク質』の世界

光のエネルギーを使って様々な機能を発揮する微生物型ロドプシン



微生物型ロドプシンは細菌や古細菌、真核微生物(真核藻類・原生動物・カビなど)のほか巨大ウイルスが持つ、光受容タンパク質です。生き物の細胞膜に存在し、いろいろなイオンを運んだり、明暗の情報を細胞内に伝える役割を果たしています。タンパク質の中心にはビタミンAのなかまであるレチナールと呼ばれる小分子が結合し、レチナールが光を吸収して形を変える(光異性化する)ことが引き金となって、さまざまな機能を発揮します。

微生物型ロドプシンの中でも最も幅広く存在するのが、光のエネルギーを使って細胞内から細胞外へ水素イオン(プロトン)を輸送する、外向きプロトンポンプ型ロドプシンです。光のエネルギーを使って細胞の外にプロトンを汲み出しておくと、プロトンが細胞内に入ってこようとする作用からエネルギーを取り出せるのです。

近年のゲノム解析の進展により、外向きプロトンポンプ型ロドプシン以外にもさまざまな機能を持つ微生物型ロドプシンが報告されるようになりました。内向き塩素イオンポンプ、内向きプロトンポンプ、外向きナトリウムポンプや、走光性(明るい場所に向かったり、逆に逃げたりすること)のセンサー、陽イオンや陰イオンを通す光開閉式のチャネル、光を受けることで遺伝子のスイッチを切り替えたり酵素反応をコントロールするロドプシンなど、続々と新しい機能をもつロドプシンが見つかってきています。

井上研究室でも世界中の生き物から新たな機能を持つロドプシンの探索を行っています。またその一方で分光学的な分子のダイナミクス・構造解析と分子生物学的、情報学的アプローチを総合的に組み合わせることで、これらの微生物型ロドプシンが共通の構造からどの様にして多様な光機能を生み出すのか、その分子メカニズムの解明を目指して研究を行っています。

ロドプシンに結合して色が変わるレチナール


ロドプシンのタンパク質部分を含む溶液(左)と含まない溶液(右)にレチナール(黄色)を加えます。タンパク質を含む溶液では、タンパク質の内部に徐々にレチナールが取り込まれ溶液の色が赤紫色へと変化していきます。これはロドプシンのタンパク質内部の特別な構造がレチナールを包み込むことで、レチナールが吸収する光の波長(色)が変わるためです。ロドプシンのタンパク質を含まない液体(右)ではレチナールの色の変化は起きません。


ロドプシンで動物の神経細胞をコントロールする『オプトジェネティクス』


この動画では、マウスの脳の運動野(体の動きを司る部分)にある神経細胞にチャネルロドプシン(ChR2)を持たせて、光を当てた時の運動の様子を観察しています。頭の上のライトが青く光ったときにマウスが走り出し、光が消えると走るのをやめているのがよくわかりますね。ライトが光るとチャネルロドプシンがその光を吸収し、タンパク質の中をイオン電流が流れて神経細胞が興奮することで、走り出すのです。このことから、チャネルロドプシンを持たせた神経細胞は「走れ」という指令を出す神経回路に関わっていることがわかります。

このような、ロドプシンなどを利用して神経細胞を光でコントロールする技術のこと『オプトジェネティクス(光遺伝学)』と呼びます。オプトジェネティクスを利用した脳科学研究は目覚ましい成果を挙げ続けていて、記憶を司る神経回路などの理解が飛躍的に進むようになりました。


蛍光タンパク質を利用したライフサイエンス

オワンクラゲから見つかった緑色蛍光タンパク質(GFP)などの蛍光タンパク質は、さまざまな形で生命科学研究に利用されています。例えば、脳の中の特定の細胞だけを蛍光で光らせることでその形や神経のつながりを調べたり、調べたいタンパク質につないでおいてそのタンパク質が細胞の中をどのように動くかを観察したりすることができます。さらには、他のタンパク質のパーツと組み合わせることで特定の条件のときだけ蛍光で光るようにした改変蛍光タンパク質も数多く開発されてきました。下の2つの動画では、「カルシウムイオンが結合したときに蛍光で光る」ように改変された蛍光タンパク質(カルシウムインジケーター)を使って細胞の中のカルシウム濃度を計測しています。


蛍光タンパク質を利用した、細胞内カルシウムイオン濃度のリアルタイム計測


(Asano et al., Front. Neurosci. 2008 より)
左の動画では、カルシウムインジケーターを持たせた細胞の蛍光像を観察しています。蛍光の強さを疑似カラーで表していて、蛍光が強くなると青→緑→赤の順に色が変わります。右のグラフでは蛍光の測定値をグラフとして示しています。細胞を刺激したとき(青色の背景の部分)に蛍光が強くなった、すなわち細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇したことがわかります。


この動画では、神経細胞を電気刺激したときにシナプス(別の神経とつながって情報を受け渡す部分)でカルシウムイオン濃度が上昇することをカルシウムインジケーターを使って観察しています。